坂の上の雲をさがして

長すぎて 僕の体に 秋の風 ~児玉源太郎、晩年の一句~ 「坂の上の雲」を読んで以来、児玉源太郎に惹かれました。色々と。自分なりに、児玉源太郎について(語るより描けの精神になりつつありますが)語りとうございます。

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PCのHDDが飛びました

というわけで、しばらくPCが使えなかったうえに、PCにはいっていたデータが全て消えました。

とりあえずなんとか復旧しましたが、またのんびりやっていく予定です。
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今更ながら初詣レポの準備中

一ヶ月ブログ放置してました。
明日あたりに初詣にいったときの写真など、あげたいとおもいます。

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引越し完了です!

引越しして、今日NTTの光回線が開通。
やっと落ち着きました。

いやぁ、いろいろありましたねー。
特にWBCとかWBC。(それだけかい)
日本よく戦ってくれましたねぇ。WBC二連覇おめでとう、日本!

野球の父・正岡子規もきっと雲の上で喜んでいるにちがいない!とかひとりでニヤニヤしちゃいました。
決勝の日ちょうど仕事休みでして、携帯電話のワンセグで観戦していましたよ。

イチロー選手が打った決勝のタイムリーには、本当にトリハダが立ちました。
しかも、イチローさんインタビューで「神が降りた」とか言っちゃうし。
日本人としてあの一言には痺れざるを得ない!!
かれが言うと、まさに「人事を尽くして天命を待つ」ということばがぴったりだなぁ、と。

だれか言ってましたが、イチローさんは世が世なら凄腕の戦闘機乗りにもなり得たかもって。
天才にはなにをやらせても、きっとできるんでしょうね。
だってそういう「勘」みたいなものが天性の才能であるだけでなしに、努力して手足みたいに使いこなせるようにしているし。
イチローさんの魅力は、野球一筋!な姿勢がひたすら純粋で光り輝いて見えるところなのかも。

というわけで、ぼちぼちブログ復帰しまーす。

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引越しをします

わたくしごとですが、今月引越しをすることになりました。

なので、かなりバタバタしてしまうとおもわれます。
ブログの更新も今月は、ちょっと厳しくなりそうです^^;

新居に越しておちついたら、またお会いしましょう。
<(`・ω・´) 
ではではみなさん、風邪などひかないようにしてくださいねー。

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ブログ復帰ついでに小話でも

休止します宣言をしておいて何ですが、戻ってまいりました。

仕事に慣れていなくて、しかも忙しい。
なので当然疲れはあるけど、そんなのみんな一緒。
自分の好きなことができないことの方がよっぽどつらい。というわけでブログ再開。

なるべく児玉大将関連の記事を載せようとしてきましたが、今日は復帰したついでに、自分ごとの話をしてしまおうとおもいます。

去年ふとしたきっかけで出会った、司馬遼太郎著・「坂の上の雲」。
ものすごい勢いで(多分10日かからないで読破)読み、色々な意味で目からウロコ。
それで読んでいる最中から、ネットで情報を漁る日々。
神奈川県の横須賀市に、日本海海戦を戦った聯合艦隊旗艦・三笠が保存されていると知って、すぐ行ってきました。それが確か去年の6月末で、しかも「東郷平八郎元帥特別展」なる展示会が開催されていて、痺れるぐらい感激しました。
聯合艦隊解散の辞を東郷元帥が朗読したときの録音も聴けたんですよねぇ。
あと、所持されていた軍刀・一文字吉房も展示してありました。

それで夏に実家に帰ったとき、その感動を両親に話したのですが…。

母 「あれ、三笠連れて行ったじゃない。よっこが4歳のとき」
父 「うん、行った行った」


な ん で す とー!?
マッタク記憶にないのですが!!

でも、記憶にないにしても、ちゃんとそういう歴史を窺えるところに、わたしを連れて行ってくれていたことがわかって、ものすごく嬉しかったですよぉ。

わたしの親は、歴史に対して子供に何か話してくれたり、自分の意見を言ったりしたことは一度もなく、
それだけに歴史をどういう風に思っているかわからなかったので、三笠に行った話をするのも実はちょっと勇気が要ったのです。

でも良く考えたら、父は坂本竜馬を敬愛していますし。(しかも本を滅多に読まない父が唯一持っていると言っていい本が司馬遼太郎の「竜馬がゆく」)
母は、祖父が警察官だった頃、毎年欠かさず新年の一般参賀に一緒に行っていたというし。
もしかしたらご飯を食べるのくらい、歴史認識については当たり前すぎて口に出すほどのものではないとか、思っていたのかも…?

そういえば、皇室についてもかなり敬意を持っているような気がします。
皇室についても、あえて子供にあれこれ言ったことは一度もないですが。

内親王敬宮愛子様が3歳になられたころ、ニュースで皇太子妃雅子様とご一緒におられた映像を、たまたま親とみていたのですが、そのとき、愛子様が御所にお戻りになられた皇太子様を「パパ」って呼ばれたんですよ。
そのとき、3人で顔を見合わせてかなり衝撃を受けたのを思い出しました。

わたし 「いや、そこは『お父様』じゃないのかー!?」
母 「パパはないわよねぇ、さすがに」
父 「昔なら『おたたさま』『おもうさま』って言ってたと思うけど、今は言わないのか…、う~ん」

今年の一般参賀に行くって言ったときも、すごい反応が素だったし。

わたしの親は、世間一般から見ると変わっている部類に見られてきました。
具体例をあげると
親がたまの休みに子供をどこかに遊びに連れていく。
大体、世間一般の親御さんだと、まぁディズニーランドとか。行きますよね。
うちの親は、自営業だったのもあるのですが、いきなり平日に学校休んで山形まで旅行に行ったり。
土曜日とか日曜日の朝に
「出かけるから車に乗れー」
出発して…着いたら筑波山。とかでしたからね。
楽しかったですよ、春は山菜とり、夏は母の故郷の山梨で川遊び、冬は筑波山で自然薯掘り。
特にわたしは未熟児で生まれ、体がちいさく体力もなかったので、よく高尾山や東沢渓谷などに連れて行ってくれました。本当によく鍛えてもらいました。

そんな親の子に生まれて、今この歳になってようやく親のことを見つめられるようになり、大事なことに気がつきつつあります。不肖の娘でごめんよぉぉぉぉ!
本当にありがたさが身に染みています。
父からもらった職人魂と、母からもらった芸術好きの魂を受けついで、突っ走りますよどこまでも。

ということで、なんだかとりとめのない話をしてしまいましたが。
これからも拙ブログをよろしくお願いします(*´▽`)

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