坂の上の雲をさがして

長すぎて 僕の体に 秋の風 ~児玉源太郎、晩年の一句~ 「坂の上の雲」を読んで以来、児玉源太郎に惹かれました。色々と。自分なりに、児玉源太郎について(語るより描けの精神になりつつありますが)語りとうございます。

2009年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2009年05月

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にほんがなくしたもの。

日本がなくしたもの(児玉大将に体現してもらってみた)



むかしむかし、そのむかし。

あじあには、にほんというくにがありました。
あきつしま、おおやしま、しきしま、ひいづるくに―、とよびながたくさんありました。

そこにすむひとびとは、そぼくであたたかなふうどにまもられたこのくにで、
おだやかで、けんきょなせいかくをもっていました。
きんべんで、どりょくをおしまない、めうえのひとや、そせんをあつくうやまう、というみんぞくせいは、「ぶしどう」という、たかいりんりかんをそなえたきょうようで、やしなわれました。

「ぶしどう」はえどじだいに、そのかたちをさまざまなものにかえ、しょみんにまでひろがり、こていのしゅうきょうからまなばずとも、にほんじんは、つよくやさしくしなやかなにんげんせいをもつようになったのです。

くにのあけぼの、めいじのみよがやってくると、ていこくしゅぎにせなかをおされて、にほんというくにもそのうずのなかにとびこみました。
それでもにほんじんは、にっしん・にちろというふたつのおおきなせんそうのなかでも、「ぶしどう」のせいしんをわすれはしませんでした。

めいじてんのうは、
「よものうみ みなはらからと おもふよに などなみかぜの たちさわぐらむ」
という、ぎょせいをおよみになられました。
そしてにちろせんそうで、りょじゅんという、なんこうふらくのようさいを、にほんがせめおとしたときには、こうふくしたろしあのへいしやしょうぐんたちの、はいせんのしょうへいであっても、ぶじんのめんもくをたもたしめよ、とおおせになったといいます。

さらには、ろしあのへいしたちをほりょにしましたが、てあつくかんごし、けしてかれらをぶじょくしたり、ばかにしたりということをしませんでした。
それはなぜかというと、ろしあというそこくのためにいっしょうけんめいたたかって、やぶれたへいしだからです。かれらはにくむべきあくにんではなく、ゆうきあるひとりのにんげんであるというにんしきが、にほんじんのなかにあったからです。
てきこくのへいしたちは、かいがいしくかんごをしてくれる、にほんのじょせいたちに、ふかいかんしゃと、いつしかあいじょうをいだいたといいます。
きずがいえて、くににかえるころには、かつてうけたきずよりもふかく、こいのやがかれらのむねにつきささっていたとまでいわれるほど、にほんじんというみんぞくは、じあいとにんげんあいにみちていました。

にちろせんそうがおわって、くにをふりかえってみれば、こっかよさんはひのくるま。
けれどせかいは、れっきょうしゅぎのまっただなか。
えどじだい、めいじじだいのせんだちがのこした「ぶしどう」は、そんなすさんだじょうせいのなかにおかれたにほんじんから、しだいにわすれられていったのです。

しかし、だいとうあせんそうがおこったとき、やまとだましいはふたたび、さんぜんとかがやきました。
にほんをおそれたおうべいのれっきょうこくと、はくじんこっかのしょくみんちをあじあからおいだす、というにほんの「だいとうあきょうえいけん」とが、まっこうからぶつかりました。
ついには、あめりかから、「はるのーと」という、がいこうのさいごつうちょうがつきつけられ、にほんというくには、そうぜつで、ひそうなけついをせざるをえないところまでおいこまれました。

しょうわてんのうは、さいごのさいごまでせんそうをかいひしたい、というごいこうをいだいておられ、ごぜんかいぎのさいに、めいじてんのうのぎょせいをおよみになられたといいます。

「よものうみ みなはらからと おもふよに などなみかぜの たちさわぐらむ」

しかし、かいせんのひぶたはきっておとされました。
かずおおくのにほんじんが、ふたたびにほんというそこくのききにたちあがり、いのちをかけてたたかいにゆきました。そこに、わすれさられていたとおもわれていた「ぶしどう」のせいしんが、ぐんこくしゅぎのなかにおいて、ゆがんでいたかもしれませんが、たしかにいきていました。


あじあには、にほんというくにがあります。


はるにはうつくしいさくらがさき、あきにはうつくしいもみじがてりはえ、あまてらすたいようのめがみがみまもる、そぼくでやさしいひとびとがすむ、そこく。
てんのうへいかばんさい、といってたおれていったへいしも、そこくにすむ、あいするかぞくやこいびとのために、ひいてはうまれてくるこどもたちのために、たたかったのです。

しかし、にほんは、だいとうあせんそうにはいぼくしました。
おうべいのれっきょうこくは、にほんをまかしましたが、そのきょうじんなせいしんりょくをまだおそれていました。そのせいしんりょくのみなもととは、「ぶしどう」でありました。

「ぶしどう」はかつてあめりかの、せおどあ・るーずべるとだいとうりょうにもぜっさんされ、せかいでしょうさんのまとでした。にほんじんは、「ぶしどう」があるがために、ろくにがいこくごをはなせなくとも、がいこくじんからそんけいされていました。
しかし、ほこるべきこのせいしんを、あめりかにとりあげられてしまいました。
にどとはむかうことのないように、きょういくやけんぽうをすりかえられてしまいました。くにをまもるべきぐんたいもかいたいされ、なくなってしまいました。

にほんがこわくてこわくてしかたのない、おうべいのれっきょうこくは「とうきょうさいばん」というしうちまでしたのです。まるで、かぎのついたはこにおしこめても、まだたりず、そのうえからきちがいのように、くぎをむすうにうちつけたようでした。

やきつくされたあきつしまは、のこされたにほんじんのてで、きゅうそくなけいざいのはってんをとげてよみがえりました。はいせんからわずか19ねんで、とうきょうおりんぴっくをかいさいするまでにいたりました。
このげんどうりょくは、すさまじいものでした。にほんじんがかつてもっていた、たいせつなものをおいていっただいしょうとしてか、とにかくも、ふたたびのぼるたいようのように、ふっこうをはたしました。

せいかつがゆたかになっても、にほんじんのこころは、ゆきばのないうすやみのなかにとりのこされたまま。
それでも、かつてもっていたよきもの。それはいまだにきえていません。
やきゅうのせかいたいかいで、にほんがゆうしょうしたとき、せんしゅひとりひとりのかおに、さむらいのおもかげをみたでしょう。おおきくゆれるひのまるのはたをみて、ほこらしくおもえたでしょう。

めいじじだいから、うつくしいそこく、にほんをまもってきたせんだちは、にほんじんがほんとうのにほんじんとしてたちあがるのを、てんからみまもりつづけていることでしょう。

むかしむかし、そのむかし。

あじあには、にほんというくにがありました。
あきつしま、おおやしま、しきしま、ひいづるくに―、とよびながたくさんありました。

そこにすむひとびとは、そぼくであたたかなふうどにまもられたこのくにで、
おだやかで、けんきょなせいかくをもっていました。
きんべんで、どりょくをおしまない、めうえのひとや、そせんをあつくうやまうこころをもった、ひとびとがすんでいました。

―いまはどうですか。あさがきて、すがすがしくめざめるように、にほんじんがふたたびめざめるときは、くるとおもいますか。

くりかえしくりかえし、たいようはのぼる。
なんどでもなんどでも、ひのひかりはさしてくる。

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児玉源太郎生誕157年目の春

児玉大将正装・生誕157周年記念

1852年4月14日(嘉永5年閏2月25日)生誕。ってそらで言えるわたしって何だろう。

よし、コダマニアとでも自称しておこう。(何)

というわけで、3年後の2012年は生誕160年ですな。
児玉源太郎大将について、何かほそぼそコッソリとやろうかなっ(*’ー’)ノ
でもやっぱり絵を描いておしまい、になりそうな予感がしなくもない。

今年の桜も綺麗でしたよ、児玉大将!

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4月14日は児玉源太郎生誕の日

児玉大将・正帽かぶらせてみた

めちゃくちゃイラストですが、ちょっとリアル(?)に児玉大将。
4月14日は児玉大将のうまれた日なんですよねー。というわけで記念に正装の絵を描こうかなと。
正帽かぶった写真みたことないので、勝手に描いてみました。

気が向いたら描きこみ&色塗りします。(投げやりっぽい…)

そしていつまで経っても(2週間超)、司馬遼太郎全集の「竜馬がゆく」2巻が図書館に戻ってこない。
読みたいのに続き!!返却期限くらい守ってくれ!!

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| 真面目に描いてみた。 | 23:15 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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天皇・皇后両陛下ご成婚五十年

これほど嬉しいできごとがありましょうか(*´ω`)

五十年ですぜ、五十年!俗に言うと金婚式!おめでたい!
両陛下ご成婚のとき、まだわたしはこの世に生まれてすらいませんが。
こうなったら、ご成婚パレードの映像をニコニコ動画で探してみよう。



ニコニコ動画でみつけたのでのせてみます。
しかし冒頭の君が代は、何とかならないのかしら。国歌よ、国歌!冒涜し過ぎ。
他は文句なくいいけど。

コメント非表示推奨。


今日、昼休憩のときニュースで両陛下の会見を見まして。
もう、両陛下の会見のご様子といい。後光がみえましたヨ。
こみあげてくるものがあるような、感慨深いお顔をされていました。

なんだか、いちにち幸せな気分で仕事をしたよ。あー、皇居行きたかったよう!もう!
しかし東京タワーは相変わらず粋なことをしますなあ。

| やっぱり日本は皇国なんです | 21:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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敷島の大和心を人問はば

朝日に匂う山桜花


トップ絵の背景も、じぶんで撮った桜です。
(以下、写真サイズが合っていないため表示しきれていません。クリックして見てくださいまし)

というわけで、4日の朝8時に詣でてきました。マイラブ、氏神さま!(ぉ)蒲田八幡神社!
こどものころには境内で走りまわったり、いろいろと悪さをしてよく宮司さんに叱られたものです。

蒲田八幡神社

と、池上本門寺・五重塔(新しくなってぴかぴかでした)

池上本門寺・五重塔

(本堂から。正面の大階段のほうをみています)

池上本門寺・本堂から

(本堂です。去年のNHK大河ドラマ・篤姫で知られているとおもいますが、池上本門寺の奥庭には勝海舟と西郷隆盛が会談したという池上松涛園(昭和20年4月の空襲で焼失。平成3年に修築)があります)

池上本門寺・本堂

いやっ、もう日本人の心といえば桜です。
誰が何といおうと、桜です。

あの淡い何ともいえない花の色といい、風にそよぐだけで散る潔さといい。
忘れてしまった何かが、失くしてしまった何かが、心に帰ってくるような気がいたします。
日本人が取り戻すべき何かを、桜は思い出させる力を持っているのかも。
いくら叩いても踏んでも消えない。
それは魂の底に刻まれているので、いつか、きっと目覚めるはずだ!そう信じたい。

何かって何だ?と言われてもわたしはわかりません。ただ桜を見るとやたらと切なくなります。それなのに、目を逸らさずにずっと見ていたいのね。あら不思議ー。

百年前から、桜はずっと変わりません。

明治帝も、東郷さんも、山本さんも、大山さんも、山縣さんも、乃木さんも、児玉さんも。
みーんな同じ桜を見上げていたのかなぁ、などとおもってみたり。

―やいやい、お花見だなんだとか浮かれていやァがる衆も、本当は一人で桜を見上げる時ゃァ、こう、刹那でも胸がキュンとなるんじゃァねぇのかい?
隠したってオイラにゃわかるんだよ!(誰だ)

| ぶっちゃけ言いたい放題。 | 17:37 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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心の声にしたがってみたら…。

きのう、お花見どこに行こうかな~、などと言っておりましたが。
結局、飛鳥山は、「う~ん」となってしまい。
地元の氏神様の蒲田八幡神社と、初詣やお会式などで慣れ親しんでいる日蓮宗の総本山、池上本門寺へ行ってしまいました。やっぱりおちつきますねぇ。

池上本門寺は春祭りなるものを開催していて賑やかでした。
五重の塔から降ってきた縁起物の蓮の花びらをかたどった色紙を、運良く帽子でキャッチしたり、写真もいっぱい撮ってきたのですが、今日はもう疲れてしまったので記事ともに後日に掲載します。
あ、あとかろうじてお土産に、木村屋のあんぱんを持って帰ってきました(笑)

そうそう、今日、大井競馬場でフリーマーケットを開催していたので、両親に連れて行ってもらったのですが、わたし的にものすごい掘り出し物がありました。

昭和55年にNHK出版から出た「歴史への招待」20巻セット、の復刻版。平成7年発行。

父が値切って3000円で購入してくれました。カバーも中身もかなりきれいです。
日露戦争とバルチック艦隊のお話は、司馬遼太郎さんが書いていました。

| 坂の上の雲:関連事 | 21:24 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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お花見どこへ行こうかな

4日は、お墓参りと、親友宅にお線香をあげにゆきます。
親友のお祖母ちゃんが昨年の暮れに亡くなられてしまったのですが、お互い忙しかったため時間がとれず、未だお仏壇に手も合わせにいっていないという状況でして。どうにも気持ちが落ち着かず、やっと訪問する約束をしました。

ご先祖と親友のお祖母ちゃんへ挨拶をしたら、ぶらりと桜を見てから帰ろうかと。
せっかく都内に繰り出すので、王子の飛鳥山にするか、上野恩賜公園にするか、はたまた靖国神社にするか、悩んでいます。
特に飛鳥山は、「坂の上の雲」の1巻で”秋山の信さん”が士官学校を受験したときに作文の試験で出てきたので、ちょっと行ってみたいです。

あー、もちろん木村屋のあんぱんをもっていきます。
明治帝をしのびつつ、桜の下で食べるのも悪くないかなー、などとおもっています。

晴れていたら、写真を撮ってきて載せたいですねー。

| 坂の上の雲:関連事 | 00:08 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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うちに、児玉大将が届いたよ(*´▽`)

今日昼すぎに新居のポストを開けてみたらば。
なんとそこに児玉源太郎大将が!
そーっと取り出して、思わずぎゅっと抱きしめてしまいましたよ。ええ。

ポストに児玉大将




って…何のことかって?
いや、今日エイプリルフールですから(馬鹿)


いくら児玉大将がちいさくても、ポストに入るのは無理というものです。入っていたら入っていたで、…まあ、どっちにしろカワイイことに変わりはありませんが(失礼すぎ)

実はマツノ書店さんに注文した「写真画報臨時増刊・児玉陸軍大将」が届いたんです。なので、冒頭の表記はあながち間違いではないっ(何

パンフレットも同封されていて、山縣有朋公、秋山好古大将、秋山真之中将の復刻本紹介のものでした。しかし、児玉大将の「藤園記念画帖」の出版はいつなんだろうか。
たんと貯金しつつ、首をながくして待ってます。

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| 児玉源太郎:本の紹介・感想 | 17:02 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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