坂の上の雲をさがして

長すぎて 僕の体に 秋の風 ~児玉源太郎、晩年の一句~ 「坂の上の雲」を読んで以来、児玉源太郎に惹かれました。色々と。自分なりに、児玉源太郎について(語るより描けの精神になりつつありますが)語りとうございます。

2009年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2009年10月

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

児玉源太郎の逸話~栗鼠将軍は変人である~

児玉大将の体格は矮小な方であったが、その代わりすこぶる健脚家であった。
大将自身も健脚は自慢で、大抵は徒歩をきめておられ、日露の大戦争の折り、他の将軍が舌を巻くほど戦地を駆けまわったことはもとより、かつて内務大臣の椅子についた当時などは、他の大臣たちが揚々として馬車を駆るのに反して、児玉大将のみは近いところへゆくときなど、例のテクテク歩きであった。

それからまた、大将は船自慢でどんな大風波に遭っても平気なものであったそうな。
台湾総督時代に、幕僚をつれて澎湖島へ出かけたことがあるが、折悪しく途中で風が起こり、乗船は風浪の為に翻弄されて今にも転覆せんばかりの有様。

乗組み一同、青くなって生きた心地もなかったが、大将のみは元気のいいこと平時とかわらず、時刻が来ると他の者が船酔いに苦しんでいるなか、ひとりでいつものように食堂へ出ていって、健啖少しも衰えなかったそうな。

それで青くなっている幕僚たちにむかって何を言ったかといえば、

「君らが食べないから、おれが余計にご馳走にあずかれた。四人前は食ったかな」

などと冗談を言って笑っていたそうな。

幕僚たちはそののち、少し酔いがおさまったところで、以前日本から台湾へ渡航したときもこんなひどい風浪であったが、大将は一向に平気な顔をしておられた。ドウも大将は我々と体のつくりが異なっているのではあるまいか、しかしソウであってもこれは常人ではなかろう、我々が常態であって大将は特別変わっておられる、と悔しさもあいまって零したことがあるそうな。

にほんブログ村 歴史ブログ 偉人・歴史上の人物へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

| 児玉源太郎:逸話 | 10:31 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

2009年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2009年10月

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。