FC2ブログ

坂の上の雲をさがして

長すぎて 僕の体に 秋の風 ~児玉源太郎、晩年の一句~ 「坂の上の雲」を読んで以来、児玉源太郎に惹かれました。色々と。自分なりに、児玉源太郎について(語るより描けの精神になりつつありますが)語りとうございます。

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

NHKスペシャルドラマ・坂の上の雲―留学生―

今回は…名言が多すぎて、涙がとまりませんでした。

―豊後竹田の子らは靴も履いちょらん。なかには粟や稗を食うて飢えをしのぐ者もいる。そんな人らがなけなしの、一銭一厘を払ろうて軍艦を買うてくれちょる。それをけして忘れちゃいけん、と。―広瀬武夫

―淳サン、日本人はな、猿真似の民族と言われとるが、外国に行っても卑屈になってはいかんぞな。―英国も仏蘭西も独逸も露西亜も、真似しあい、盗みおうて文明をつくりあげた。西欧は十五世紀にそれをやって、日本は十九世紀にそれをやったゆうだけの違いじゃ。―正岡子規

―猿真似のどこが悪い。日本人がいかに素晴らしい吸収力と消化力を持っとるか、あしらは充分に誇ってええんじゃ。日本には大きくて深い皿がある。そこに乗っかるものがいろいろあるゆうのは、日本のおもしろさよ。―正岡子規

―そういう国を滅ぼしてはならん。―秋山真之

―国が滅びるいうことは、文化が滅びるいうことじゃ。淳サン、あしはあとどんぐらい生きられるかわからん。じゃが、あしが死ぬまえにやり遂げようとすることを、無駄にならんようにしておくれ。―正岡子規

―よし、引き受けた。―秋山真之

君を送りて 思ふことあり 蚊帳に泣く


このドラマを、”軍国主義賛美””若者を洗脳”とか言っている某党首は、頭どうかしてますね。何を考えたら、ああいう発言ができるのでしょうか。

ともかく。


日露戦争は、日清戦争のあと三国干渉があって”臥薪嘗胆”をかかげて耐え抜いた末の、ロシアの脅威から自国をまもるための戦争だったわけですが、陸奥宗光が「力の裏づけを持たない外交は、所詮絵に描いた餅」と言っていましたが、これはいわゆる抑止力というものですね。

国というものが軍事力をもつという理由は、”領土拡張主義”でも”帝国主義”でも”軍国主義”でもなく、自存自衛のためのものであるということです。それを、帝国列強に囲まれていたこの時代の軍人は、常識として持っていたわけです。

すこし話ははずれますが、いま、昭和の海軍大将であった井上成美に関する本を読んでおりまして、井上大将の考えかたというのが、上に記したとおりでありまして。こうも言っておられます。

以下、『朝日ジャーナル』の「海軍の思い出」より。

「国の存立のためには立つ。国滅びるというのなら、国が独立を脅かされるときには、とにかく立つ。そのためには軍備というものが必要だ。国の生存を脅かされ、独立を脅かされる場合には立つ。そのかわりに、味方をつくっておかなければいけない。自分では勝てない。正々堂々の主張をするならば味方が出来る、と私は考えています。弱い国家を侵略してそれを征服して自分のものにしようとする者は、必ずほかの国の批判にあって、晦日の晩の金勘定の清算をさせられる時期が来る、とおもう。軍備というものは要らないじゃないか、戦争しないのなら―そういう意味じゃないですね」

日露戦争全体に対する日本の姿勢が、このことば通りだというのと共に、日英同盟と米国の仲裁を得られたのは、それぞれの国の思惑、国益もあるでしょうが、”自分では勝てない。正々堂々の主張をするならば味方が出来る”という井上大将のことばに該当しているとおもいます。明治と昭和の日本軍の性質のちがいを云々するのには、まだ自分の勉強が足りませんが、思いついたことだけ、すこし書いてみました。

| 坂の上の雲:関連事 | 22:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://kodama414.blog56.fc2.com/tb.php/145-75be08e6

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。