坂の上の雲をさがして

長すぎて 僕の体に 秋の風 ~児玉源太郎、晩年の一句~ 「坂の上の雲」を読んで以来、児玉源太郎に惹かれました。色々と。自分なりに、児玉源太郎について(語るより描けの精神になりつつありますが)語りとうございます。

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児玉源太郎の逸話~泰然自若の栗鼠将軍~

日露戦争開戦2日前のできごと。

台湾での度量衝改正の困難な事業が明治36年中に片がついたため、(おそらく台湾総督府の役人さんかと)權度(測定)担当の山田課長はその状況を東京にいる児玉総督に報告するために上京し、37年2月、確か6日朝に車で市谷薬王寺前町の児玉邸に赴いた。
その途中向かいから、丈の小さいひとりの将官が片手に剣を携えて歩いてやってくるのが見えた。近づいてみると、そのひとは児玉将軍だった。
山田課長は驚いて車から降りると、児玉将軍はいきなり
「やあ、おかげで度量衝のほうも大変よく片付いた。どうもご苦労であった」
と挨拶をする。山田課長はこれからお訪ねして詳しい状況を申し上げようとする所ですと言うと、児玉将軍は
「時々の報告で詳細に拝見している、まあまあ安心した」と言い、更に
「君は忙しいだろう、車に乗りたまえ、車に…僕もこれから参謀本部へでも行ってみようかと思ってブラブラ出てきたところだ」
山田課長はそのまま車を飛ばして帰った。が、超えて2日彼の仁川港、旅順港の攻撃あり、日露戦争が勃発した

山田技師が会った当日の児玉将軍はこの戦争の計略を練り、熟していたのでもあったのだろうが、毛ほどもその気色を見せず、あまつさえ自分が忙しくて長話ができない、とは言わなかった。
「君は忙しいだろう、車に乗りたまえ、車に…」と、とっさに相手の感情も損ねずに追い返すところなどは縦横の機略の一端を窺い知ることができる。
くわえて、日露戦争目前に控えていながら、車や馬車でなく、ぶらりぶらりと徒歩で出勤するところなど、用意の周到さに驚かざるを得ない。
それから、その時山田技師は、「お歩きですか」と訊けば児玉将軍は
「ああ、このところは徒歩で行ったり電車に乗ったり、ぶらぶら気の向き次第だ。まあ楽隠居のようなもんだ」と笑っておられたそうな。

※今日もまた、『明41・10刊、児玉大将伝』から逸話をひとつ拾ってみました。
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